独立自尊:「週末ベトナムでちょっと一服」(下川裕治氏)

下川氏のブログ(たそがれ色のオデッセイ)は、高校の同期生たちとの交流を契機とし最近時々拝見させていただくようになりました 

そんなご縁にも味方になっていただけたのか、幸運にも本書のプレゼント企画に当選させていただくことができました

http://odyssey.namjai.cc/e132088.html 

 

そのような次第で、心して本書を熟読させていただきましたので、感謝の念をもってレヴューを記しておきたいと思います 

 

まずあらためて認識させられたことはにとってベトナム戦争中学生だった1973年1月のパリ和平協定をもって終結して、ということです 

したがって、その2年後のサイゴン陥落の重大性さらにその数年後からボートピープル大量発生の意味するところについては、恥ずかしながら、まったく理解が及んでいなかったのです 

 

そんなノーテンキな私でも、サイゴン育ったベトナム人から、「戦争に負け」「北に支配され」「なにをやるにも北の人間から許可をもらわないといけない」(pp.112-114)などと言われれば、やはり相当な衝撃を受けるであろうと思います 

ですから、サイゴン陥落を「アメリカ軍の攻撃に耐え、南北ベトナムの統一を勝ちとった」と同慶の念にどっぷりと浸った私よりも上の世代の方々にとって、この『南の人々の思いは、どう消化したらよいものかとどまどってしまのは無理からぬことであろうと思われます 

 

このように本書は、ベトナム戦争を引きずった世代がいまのベトナムとの溝を埋めていく(pp.9-10)、というスタンスで書かれています 

私自身ベトナム戦争を抜きにしていきなり現在のベトナムと対峙することは不可能だと思います 

むしろ、S予備学校で世界史のO師がベトナムの歴史についてさらった際、東京義塾の設立(1907年)について熱く語りディエンビエンフーの戦い「ユエではない!フエだ!!」と、まるで自身がフランスを追い払ったかのように語っていた姿が眼前に蘇ってきてしまうほどです 

そのようなわけで、本書のなかで、下川氏の思いがあちこち彷徨だしていくことに、大いに共感を覚えることができたのだと思います 

 

これが、私より少し下の世代になりますと、たとえばちきりん氏のように、ベトナム人ガイドのベトナムの最大の天災は共産主義」と言葉に、「余裕と自由さ、さらに知的なエスプリ」を感じることができるようになるわけで(「社会派ちきりんの世界を歩いて考えようpp.85-93(大和書房、2012年))、さすが十年一昔といったところでしょうか 

 

ボートピープルもそうですが、97年の中国返還を前にした香港人がカナダやオーストラリアへ移住していったように自らの財産と自由を共産主義から守ろうとする気持ちは、私も、もはや自ら稼ぐ力を失ったロートルとなった今身にしみてわかるようになりました 

しかし、どのような環境にあっても、自分の力で稼いで生きていく!というバイタリティにあふれた人々の方それ以上に多くいらっしゃるのではないか、とも思われます 

本書において随所に見られる、べトナム人の柔軟性に富んだバイタリティの横溢からは、多くの刺戟を受けることができますので一人でも多くの読者本書から元気をもらっていただけるよう、そして生活の「豊かさ」ということについてあらためて思いを馳せていただけるよう祈念する次第です 

 

では、本書を拝読しての個人的雑感についていくつか付記しておきたいと思います 

 

自分の居場所 

下川氏は、ベトナムにおける自分の居場所として、テダム通りの路上コーヒーについて語ってくださっており、バックパッカーとしての熱い思いに引き込まれした 

自分の居場所があると思えることはとてもありがたいことではないでしょうか? 

私も、旺角(香港)、台南(台湾)、メディナ・テンプル界隈(米シカゴ)など、いつでも帰っていけそうなところがある・・・と思えるだけで、ずいぶんと豊かな気持ちになれます 

 

バス 

不案内な土地でバスに乗る・・・このスリル、不思議な楽しさ、皆さんもご経験があるのではないでしょうか? 

本書を読みながら、香港、シンガポール台北稲毛(!)などなど、私自身のささやかな冒険(?)が走馬灯のように思い出され、つい一人ニヤけてしまいました 

 

椅子 

というより小さな腰掛け・・・気になって仕方がありません 

台南の度小月で担仔麺を食べた低くて小さな腰掛けにすごく違和感を覚えたのですが、ああした椅子のスタイルは、やはり売り手(=調理)サイドの都合によるものなのでしょうか? 

 

④コーヒー 

恥ずかしながら、ベトナムが世界第2位(!)のコーヒー生産量を誇っていること、全く知りませんでした 

「イギリス人のせいで紅茶を作っているが、実は、インドのコーヒーが美味しいん」と大学の地理の時間に聞いたこと思い出されます 

それにしても、ブラジルのコーヒー農園のような過酷さが感じられないところはさすがベトナムといったところでしょうか 

コーヒーの花の香りというのも味わってみたいものだと思いました 

 

公務員 

本書が、「公務員という人種は、どの国でもこういうこと(=自分の利権を使って、さまざまな用事をいいつける)をする。それは社会体制とは別次元の話である。」(pp.231-232)との一文で締めくくられていることに、何か大きな意味が込められているのではないかとわれ、考え込んでしまいました 

 

最後に

私自身、未だベトナムへ行ったことがありません

せっかく知人が赴任していることもあり、何とか早く機会を作りたいものだと思います 

 

 

 

いまだ戦後である:「世界を歩いて考えよう」(ちきりん氏)

 

ちきりん氏の著書に関しては、「世界を歩いて考えよう」(大和書房、2012年)も拝読させていただく機会を得、青春時代を懐かしく思い出すとともに、あらためて“安全保障”についても、考えさせられることとなりました。

 

私も、60年代に子ども時代を、70年代に思春期を過ごし、80年代に大学生から会社員へ、と歩んでまいりましたので、ちきりん氏とほぼ同時代の空気を吸ってきたことになります。 

(私を含め、40代から50代にさしかかる世代に、隠れちきりんファンが大勢いることが、実感としてよくわかります。)

 

さて、最初の訪問地、ちきりん氏は英国ヒースロー空港でしたが、私は至極当然のようにL.A.でした。

が、自分がなぜ米国(それも西海岸)に魅かれていたのか? 困ったことに、これがナゼなのか、全くわからないんですよね・・・ 

中学の英語の教科書には、私をL.A.に導く要素はなかったと思いますし、ウエスト・コーストのミュージック・シーンにも、ハリウッド映画にも、Dogersにも、そこまで強い磁力はなかったと思いますので、やはり、戦後“教育”のもとに行われた洗脳によるものでは?と疑いたくなってしまいます。 

(例えば、私の親の世代にあたる “暴走老人” の言動を目にする時、やはり、その時代の“教育”のもとに行われたであろう洗脳の罪深さを感じざるを得ませんので。)

 

話を旅行に戻して・・・ 

大学生になって初めてL.A.を訪れ、UCLAなどをめぐる旅の真似事をして良かったことは、「自分は米国にいてもやっていけるかも」といった、根拠はまったくないけれども、ミョーな自信のようなものが得られたことだと思います。 

旅の経験は、自分の血肉の一部ですから、後に、「国際金融の舞台で活躍できる《かもしれない》よ」と言われて、ちょっぴりその気になれて、実際それらしき仕事に携わることができたのも、米国をこの目で見てみたいという好奇心の賜物であったと思うと、本当にラッキー!です。

 

さて、米国.への憧れが何によるものであったのか定かでないのとは異なり、もう一つの旅の柱となった中国人への興味については、はっきりした理由があります。

それは、小学校高学年の時の担任の先生が、日中戦争時の華北の農村の様子などを語ってくれて、海を隔てたすぐ隣に、日本とは全く違う世界が拡がっている、ということを感じさせてくれたことにあります。 

未知なる世界への興味は尽きないわけですが、ギリシア・ローマ世界でも、アラブ世界でも、イスラーム世界でもなく、中国人の世界(社会・歴史)を研究対象としたのは、結局のところ、その時に感じた不思議な違和感に導かれてのことであったと思います。

 

話を旅行に戻して・・・ 

台湾、香港、中国大陸、韓国といった東アジアをブラブラ歩いていると、どうしても先の大戦の傷痕に触れざるを得ません。 

一つだけ例を挙げますと、香港の大学の学生寮で映画を鑑賞した時のこと・・・映画のストーリー展開自体は覚えていないのですが、「日本が無条件降伏した!」というシーンで、大学生達全員が椅子から立ち上がり、まるで今この場で自分達が日本をやっつけてやったかのように、拍手喝采して大喜びしてました。 

香港の大学生にとって、先の大戦は、決して終わったことではなかったんですよね。

 

東南アジアでも、1970年代前半には反日運動が盛んだったわけですが、『青年の船』といった活動の成果もあってか、80年代初めにシンガポールを訪れた頃には、反日感情が突き刺さってくる感じは受けませんでした。 

その意味で、70年代前半の田中角栄首相の外交は、相当の成果を挙げたと評価できると思います。 

現在、東南アジア諸国のビーチリゾートなどを満喫できることに感謝するとともに、日本人にとって安全の保障された地域がもっともっと拡がっていくことを心から祈念したいと思います。

 

そんなわけで、「世界を歩いて考えよう」のなかで、私が最も重要だと思うのは、『お金の問題ではない』(pp.190-195)というエピソードです。 

近ごろの外交センスのない政治家の方々などの言動を目にするにつけ、戦争をしなくてすむ豊かな国であるために、このテーマについては、多くの人々に《憲法第9条よりも》重く受けとめて欲しい、と思います。

 

 

 

本来無一物:「ゆるく考えよう」(ちきりん氏)

有難いことに、縁あって今や月間200PVを誇る超人気ブロガーちきりん氏の「ゆるく考えよう」(イースト・プレス2011年)を拝読させていただく機会に恵まれ、思いがけず、ちきりん氏の深い愛情に接することができましたので、ここに感謝の念を込めて、読後感を記しておきたいと思います。

 

本書は、ちきりん氏のブログ「ちきりんの日記(http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/)」のエントリーをベースに構成されていることもあり、①自由、②多様性、③変化、④アウトプット、⑤リーダーシップといった、ちきりん氏が“善なるもの”として尊重しているテーマについて書かれています。

 

ちきりん氏の魅力は、そうしたテーマを主張する際に、例えば「多様性って大事よね」というお題目を唱えるかわりに、それを阻碍している画一的・硬直的な規範(といわれているもの)を自分の手で次から次へとエグり出してきては、一つ一つに強烈なグー・パンチを浴びせ続けていくところにあると思われます。

 

ちきりん氏の主張に、逆説的・反語的なものが多く見られるのはそのためでしょう。

(本書のタイトル『ゆるく』考えようも、社会が押し付けてくる画一的・硬直的な規範(といわれているもの)から自由になりなさい、自分の基準をもって人生を楽しみなさい、との命令形にほかならないですし・・・)

 

一人の人間が、多様性が尊ばれる社会で自由に生きていくためには、社会を構成している一人一人の人たちに、画一的・硬直的な規範(といわれているもの)に自覚的になってもらわなければならない、という強い思い(=自分が伝えたいこと)があるからだと思われます。

 

ちきりん氏のそうした強い思いから繰り出されるグー・パンチの破壊力の凄まじさには、爽快感が得られます。

そして、その爽快感とは、ちきりん氏のコトバに操られて、いつの間にか自らがリングにあがって画一的・硬直的な規範(といわれているもの)に拳をたたきつけるボクサーに変身させられているからだと考えられます。

 

本書やブログの読者が、そんなボクサーに仕立てられて、喜びを感じてしまうのはナゼでしょう?

それは、ちきりん氏が、ピュアな『欲望を取り戻せ!』と叱咤してくれているからだと思われます。

“ピュアな欲望”とは、何よりもまず、“生きたい!”と思うこと。

つまり、ちきりん氏は、われわれ一人一人に“生きたい!”と思って欲しい・・・という深い愛情の持ち主に他なりません。

 

そんな慈悲の女神のごときちきりん氏が、読者をメロメロにしてしまう本書のクライマックスは、ラストの『旅の効用』でしょう。

異国の空の下、行き倒れ寸前のちきりんに「死んじゃヤダ!」と胸が張り裂けそうになり、直後、“本来無一物”(http://f.hatena.ne.jp/duck25/20130502134618)の悟りの境地に達したちきりんによってもたらされるカタルシス!

 

ああ・・・一人でも多くの方に本書(そしてブログ)をお読みいただき、何ものにもとらわれない「精神の自由」を体験すべく、飛び立っていただきたいと願う私であります。

ここちよくあってはならない?:「抑制された思い」(大野正勝氏)その2

日本経済新聞の文化面において、201341日から17日にかけて連載された「抑制された思い」において、ご執筆された岩手県立美術館学芸員の大野正勝氏が、“心地よい”と評されていた作品が三点ほどあり、“ここちよくあってはならない”と宣言した岡本太郎氏を想起せざるをえず、考えさせられることがありましたので、感想を記しておきたいと思います。

 

 

まずは、東島毅「思惟の光」(作家蔵)

http://www.tsuyoshihigashijima.com/works/work2010.html

 

東島氏は、「自分では描けない線や形」を体験させてくれる「・・・土の様子、・・・水たまりの形」などに、「一瞬『思し召しの光』を受けたようだ」と感じて、創作されていらっしゃるとのこと。

 

画家であれば誰しも、そうした思し召しの光を『何とか画面に形として作り出したい、留めたい』と願うのは必然でしょう。

 

この絵を眺めるとき、ある種の音楽(例えばドビュッシーあたり?)に浸っているときのような感興を覚えるのではないか・・・と想像されますが、それが大野氏の感じた“心地よさ”と同質であるかは想像がつきかねます。

 

いずれにせよ、東島氏の芸術的欲求から生み出されたこの油彩が、見る者に単なる“心地よさ”を伝えようとしたものではない、というのは確かだろうと思われます。

 

 

続いて、佐竹徳「牛窓オリーブ園」(瀬戸内市立美術館蔵)

http://www.city.setouchi.lg.jp/museum/sataketokugahakunitsuite/1418382095413.html

 (上から3つめ)

 

この絵の前で、大野氏は、『しばらく動けなくなった』と述べておられます。

『風通しが良くなるような心地よさの中で、・・・視界が理由もなく潤み、心が軽くなって行くのを感じていたのだ』と。

 

東島氏が“思し召しの光”を描き留めようとしたのに対し、『澄み渡った』景色、『清々しい』木々が描かれたこの絵からは、確かに“心地よい風”が吹き寄せてくるのを素直に感じることができるように思われます。

 

そのようなこの“心地よい”油彩が、芸術として成り立っているのはナゼか?

佐竹氏の『情感を抑制した筆致』が、五感で認識しうる牛窓のオリーブ園そのものではなく、自らのうちにある善なるものに気付かせてくれる(『命が洗われていく』)からであろうと思われます。

 

芸術家が、人間の善性に信を置くことによって、『豊かな世界』を現出させることに成功したという幸福な結び付きの好例ではないでしょうか。

 

 

最後に、本田健「山あるき 十一月」(岩手県立美術館蔵)
http://www.ima.or.jp/search/collection/index.php?app=shiryo&mode=detail&lang=ja&data_id=10540

 

大野氏は、『こんな森の中を歩いたことがあると自身のことを思い出す。それは何故か懐かしく、そして心地よい。』と述べておられます。

 

しかし、私には、本田氏が『チャコールペンシルで写真のように淡々と描き上げ』たこの大画面からは、『恐れにも似た神聖なもの』を感じることは出来ても、“心地よさ”を感じることはできそうにもなく思われます。

 

むしろ、地獄における果てしのない苦行のような制作過程が忍ばれます。

そのような芸術家の苦闘を≪どこでもドア≫にして、見る者が“心地よさ”を手に入れることなど許されるのでしょうか?

 

そんなことを考えていて、ふと等伯の松林図屏風を思ってしまいました・・・

『木々が放つ独特な香が漂う昼なお暗い森閑とした空間』に、“心地よさ”を感じるためには、自らの人生において、やはり相応の苦しみを味わっていなければならないような気がしてきました。

 

 

 

エシンに連れ去られたい:「抑制された思い」(大野正勝氏)その1

日本経済新聞の文化面において、201341日から17日にかけて連載された「抑制された思い」は、これまで私が知らずにいた、同時代の芸術家の魅力的な作品がいくつも紹介されていて、直接この目で鑑賞したい!と思わせていただけたので、ご執筆された岩手県立美術館学芸員の大野正勝氏への感謝の念を込めて、感想を記しておきたいと思います。

 

 

まずは、舟越保武T嬢」(岩手県立美術館蔵)

http://www.ima.or.jp/search/collection/index.php?app=shiryo&mode=detail&lang=ja&data_id=653

 

「抑制」して彫った、というよりは、「削ぎ落とす」ことによって何らかの本質のみを残した、といった趣の感じられるこの石彫。

 

『この像の前では、自らを悼む自分がいるような気さえしてくる』と大野氏は述べておられます。

観音菩薩が慈母観音に変じたのとは逆のベクトルで、母性なり女性性が女性を超越した存在へと高められた・・・、ということでしょうか。


この石彫の前に立った時、確かに『“救い”のようなもの』が感じられるのではないか、と期待されます。

 

 

続いて、坂部隆芳「エシン」(個人蔵)

http://f.hatena.ne.jp/duck25/20130425094241

 

本連載「抑制された思い」の冒頭を飾るにふさわしいと思われるこの油彩。

 

『人物は画面という壁の中に立ち現われた気配のよう』にも思え、『一瞬現れ、静かに消え入りそうだ』と大野氏は述べておられます。

 

『凛としてたたずむ女性』が描かれたこの絵の前に立つことができた時、「どうかそこにとどまっていて欲しい」、「消え去ってゆくのなら一緒に連れて行って欲しい」、と切望したくなる予感がします。

(今、その場面を想像しただけで、もう胸が一杯になってしまい、涙さえ出てきそうです。)

 

絵画から放たれる爆風に吹き飛ばされそうになるのとは逆に、絵画に向かうそよ風に吸い込まれて氷づけにされてしまう・・・

「抑制」の効いた芸術も確かにありうべし、と実感できそうが気がいたします。

 

個人蔵となっておりますが、なんとしても直接この目で鑑賞できる機会を得たいものだと思います。